【ソムメモ】日本人が知っておくべき日本料理「先付け」とは?
日本人が知っておくべき日本料理「先付け」とは?
日本料理とは何でしょうか?平成25年に和食がユネスコ無形文化遺産に登録されたのは皆さんご存知だと思います。私もそれを知った時は日本人として嬉しく誇りに感じました。けれど、いざ日本料理って何?と自身に問うた時、はっきりとしたことが言えない。ただ、ワインを通して他の国の歴史や文化を知っていくと、やっぱり自分の国のことを知らないのは不自然で偏ってるなとも思います。皆さんも身近なことだけれど詳しく説明してといわれるとなかなか答えられないということがあるのではないでしょうか?今回はソムリエという食産業に関わる立場から、日本料理の面白み、深みをお伝えできたらと思います。
茶懐石における『向付(むこうづけ)』
『先付け』とは何かを理解する為には、茶懐石における『向付』について理解をする必要があります。
「一品の料理を理解するのに茶の必要なのか・・なんか大変だな。」
と思う方もいると思います。ただ、用語は聞き慣れなくても流れはさえ掴めればあとはすっと入ってきます。なるべく簡単に解説しますので、どうかお付き合い下さい!
茶懐石の場では、折敷(おしき)(四方に縁のある漆黒に塗られた懐石用の盆)の上に、左手手前に飯碗、右手手前に汁物の碗、中央奥側、向こう正面に向付、そして前に箸を横にして合わせて置かれます。盆の向こう側に付け置かれることから、この器を『向付』と呼ぶようになりました。茶懐石では、はじめ飯を一口食べ汁に移ります。飯と汁は交互に食べ、汁は吸い切ります。まだ『向付』には触れません。頃合いをみて亭主が客に酌をしに来ます。これを初献といい、このはじめの酒が供されてはじめて『向付』を食べることになります。『向付』は初献の為の肴であり、この懐石の献立の終わりまで『向付』の器は折敷の上に置かれたままです。ですので、この器は、懐石の中でもとても重要な器であり、とても高価なものが用いられます。また『向付』は、お茶事が行われる季節や、意味合い、テーマ性などを表します。この、今回の献立のテーマを表現する器であるということが、『向付』と言われるのに必須の条件のひとつです。さらに、折敷の大きさは決まっており、その中に飯碗と汁碗と向付がバランスよく並べられてなければなりません。つまり、向付の器には必然と嵌るサイズがあり、どんな大きさの器であっても『向付』と言えるわけではありません。『向付』は三寸に切った食材を盛った際にきれいに見えるようなサイズに設計されています。このサイズ感というのも『向付』のキーポイントです。
歴史的には、桃山時代以前は、折敷とそこに置かれる器には塗り物が用いられましたが、桃山時代末期以降からは『向付』には土物や磁器物が用いられるようになりました。例えば、もみじの柄を入れた器は11月に、梅の柄の器は2月に用いるというように季節によって用いる器が異なります。こういった花とか雪の柄とかはすぐにどの季節を表しているのかわかるのですが、中には扇型とかぱっと見ると、これ器?と思うものもありますが、扇も半開扇なら6~7月、開扇なら8月に使うと決まりがあり、器の話だけでもとても奥が深いものなのです。
様々に決まりがある懐石の中の『向付』ですが、その中に盛られる料理には特に決まりがありません。基本的にお造りが主ではありますが、和え物であったり酢の物であったりすることもあります。料理に決まりがないということにはちょっと驚きですよね。
『向付』から分化して生まれた『先付け』
茶懐石の場では、飯をはじめに食べますが、料理屋など主に酒を供する場所では、飯と汁は主に献立の最後の〆として出てきます。つまり茶懐石ではじめに出てきた飯、汁、向付の内、今日の料理屋では、飯と汁は後に、向付は先に出されることから『先付け』という言葉が生まれました。こうした背景を踏まえると『先付け』とは何かという事が少しずつ分かってきます。『向付』から分化した存在であるということは、『向付』に必要な条件は『先付け』においても同等に存在するということになります。茶懐石における『向付』に、テーマ性があるという事が重要であるように、料理屋における『先付け』にも、テーマ性がないといけません。料理屋では『先付け』のあとにも、次から次へと料理が出てきますが、その料理一品一品は最初に出した『先付け』=テーマに乗っ取ったものが出てきます。どんなテーマなのかを料理人が敢えて文書や口答で伝えるのではなく、『先付け』という形で伝えます。それを受け手側である客がイマジネーションを膨らませ考えながらそれを食します。
『先付け』に用いる器と料理の関係性
『先付け』に用いられる器も基本的には『向付』として用いられるものになります。種類としては多々あり、中国からもたらされた磁器物やヨーロッパからのガラスの器。南蛮由来の交趾(こうち)物など様々です。こうした器ひとつひとつには作家性が存在します。器の作家性、すなわち器のテーマと料理人のテーマを合わせることが日本料理において重要になります。
つまり合わせ。一からではく、一定の美意識がもともとあります。自分と違う人が作った美意識と自分の美意識を複合して一品をつくる。これが日本料理の美学というわけです。
器というのは日本料理において、単なる入れ物ではなく、中に盛られる料理と対等な存在であり、そこにバランスを求めるというのが、日本料理の他国の料理とは一線を画す特異点です。こうした、テーマ設定やバランスがなければどれだけ高い技術を用いて作られた料理であっても『先付け』ということはできません。単なる前菜という位置付けになります。
フランス料理と比較してみるとアミューズ・ブーシュとも似てとれる部分もあります。けれどアミューズ・ブーシュが、始まりの一品でエンターテイメイント性やシェフの技巧やスピリッツを一口に詰めたものという作り手側に軸があるとするならば、『先付け』は、器の作家と料理人との調和の中で生まれた一皿を、食べる側がどう感じ、どのような思想を抱くのかという作り手側と受け手側の双方に軸が置かれているものではないでしょうか。どちらが優性というわけでなく考え方の違いのような気がします。
まとめ
いかがだったでしょうか?日本料理において身近にありながらその意味はと聞かれるとなかなか難しい「先付け」。
少しでも興味を持って頂けていれば幸いです。
先付けとは?
・茶懐石における『向付』から分化していったもの
・その日の献立のテーマや料理人のコンセプトを表す
・器と料理との合わせ(調和)が大切
・調理法や用いる食材に決まりはない